【ひろまる日記】平成31年1月2日 乳児院ボラをしながら噛みしめた人生100年時代に私がすること、できること。 


あけましておめでとうございます。

今年も、白石区にある札幌乳児院のボランティアが、私の「志事」はじめです。50歳の時にはじめたこのボランティアも、もう5年になるのだなと思うと感慨深いです。乳児院ボランティアの詳しいことは、過去のブログを読んでみてくださいね。https://hiromaru.jp/archives/3112

毎年、志事はじめは乳児院から

50歳の時にはじめたこのボランティアも、もう5年になるのだなと思うと感慨深いです。乳児院ボランティアの詳しいことは、過去のブログを読んでみてくださいね。https://hiromaru.jp/archives/3112

さて、ちょうど50歳になったばかりの頃、私は、なぜか、人生にとても消極的になっていました。もう人生はあと10年と考え、マンションや、自家用車を処分。任意後見契約まで準備しました。後始末に入ろうとしていたのです。

南ゆきさんと撮影

ある日、参加していた勉強会の場で、102歳(当時)の現役女性報道カメラマンの講演会が、数日後にあるのでチケットを買いませんかと、声をかけられました。コミュニテイカフェを自ら経営し、現在は、そのノウハウも活かして女性の起業支援なども積極的にされている南ゆきさんからでした。

そのご縁で参加したのが、笹本恒子さんのお話会でした。鼎談方式でしたが、とてもチャーミングで、活き活きとされていて、ユーモアにあふれていました。たくさんの方たちが、笹本さんのファンであることが会場全体の雰囲気から感じ取ることができました。

もう50歳になって、人生を始末しようと思っていたその時の私には、100歳を超えてなお、ご自宅で一人暮らしを楽しみ、仕事も現役でフランスなど海外まで出かけているとさらっと話されている姿が衝撃でした。

さらに、衝撃を受けたのは、お話会の次の日、ギャラリーで、笹本恒子さんが撮影された写真を拝見したときでした。豊平区福住にある「六軒村エンロケン」に行くと今も常設展示されていると思いますのでおすすめです。

札幌市豊平区福住1条8丁目3-5 おすすめです

私が衝撃をうけたのは、たしか、「明治の女」というようなタイトルのコーナーでした。100歳近く、あるいは100歳を超えて活躍していた女性たちのモノクロの写真が並んでいました。政治家も医者も、文学者、芸術家も、幅広いジャンルの女性たちが、歳を重ね、皺をきざみながらも、かくしゃくとしてそこに写っていました。ある女性は、煙草をくゆらせながら遠くを見て、ある女性は、まっすぐカメラを見て静かに笑って…」

笹本恒子さんの写真集です。時々開きます。

それらの作品を拝見しながら、ハッとしました。写真を撮った時、シャッターを押すと同時に、笹本さん自らの脳のなかにも、100歳を超えてもなお活躍し続ける女たちの顔や姿が、画像としてプリントされたのではないか。そうだとすると、自分で勝手に人生60年と脳にセットするのはマイナスではないか。

勝手な私の思い込みですが、その日を境に、人生60年という意識が、人生100年、100歳まで現役で、北海道の未来のために働いていたい、そんなふうに変わったのが5年前でした。

笹本恒子さんの自筆

今日は、乳児院ボランティアで小さなこども服を1枚1枚畳みながら、この5年前のことを思い出していました。昨年の大きな学びである「置かれた場所で咲く」ということも噛みしめながら、100歳までの残りの人生を、北海道の自治、自立を支えるための人材育成に使ってみたいと思っています。楽しみながらね。

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