《ドラッカー》産業人の未来 〜 自由とは何か


ドラッカー教授は、
前作、「経済人の終わり」では、
なぜ、ヨーロッパ社会が、ヒトラーの台頭を許したか、
ファシズム全体主義から「自由」が脅かされていることを書いた。
第一次世界大戦以降、
伝統的な商業社会から、産業社会へと移行する過程で
社会における人の「位置と役割」が明確にされていない中で、
ファシズム全体主義が与える「英雄人」としての役割に
自由よりも専制による安定を「選択」したのだとも言える。

次の「産業人の未来」では、
ルソーからはじまった
理性万能主義が、
絶対主義、全体主義を生み出したことを書き、
保守主義の立場を明確に示し、
私たちがなすべききとについて提案している。

そのなかで、
非常に印象的だったのが、「自由」とは何かという概念の整理である。

(以下 引用)
「自由とは解放ではない。責任である。
楽しいどころか1人ひとりの人間にとって重い負担である。
それは、自らの行為、および社会の行為について
自ら意思決定を行うことである。
そしてそれらの意思決定に責任を負うことである。
意思決定と責任がなければ、
幸福にせよ平和にせよ、
独裁による幸福、独裁による平和となる」

(以上)

さらに興味深いのは、
過去の歴史の観察から

(以下 引用)
「自由な社会と自由な政府が成立するには
権力の基盤が一つではなく二つなければならないという発見だった。
すなわち、社会における基盤と、
政治における基盤の二つが存在しなければ、
自由な社会も自由な政府も成立しないという発見だった」

ドラッカーは
自由な社会の基盤となるべきものとして
「企業とは何か」を書き、
のちに、「非営利組織の経営」を書いた。

中央政府に権力が集中しない、
ヒトラーのような全体主義に自由が脅かされない
社会の中心領域における秩序を期待・展望して、
自由な社会の基盤であるべきものとして
「組織」を位置づけた。

そう考えると
ドラッカーは
「マネジメントの大家」とも言われているそうだが
マネジメントの意味は
あまりにも深い。

これから、「企業とは何か」を読み進めるところだ。

産業人の未来の要約はフェイスブックページにアップしますので
ご関心のある方はどうぞご覧ください。


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