【12月1日 ひろまる日記 私的な強みは公益となる】


読書会の宿題準備のため、
「マネジメントの正統性」の章を読む。
不覚にも…涙が出た。

「企業とは何か」から、
利益とは?企業とは?経済成長とは?
自分の中の固定概念を
(どこかで、利益、企業、経済成長を
善悪のものさし、ドラッカーの言葉で言えば、
19世紀的なものさしで見ていたようだ)
問い直している途上でもある。

北海道のこれからの人材育成や
起業支援などを考える上で、
また、すべての人に社会における位置と役割を
保障するしくみづくりを考える上でも
重要な自分の思考回路の組み立て直しである。

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以下、「マネジメント」より、抜粋

組織とは、
個としての人間一人ひとり、および社会的存在としての
人間一人ひとりに貢献を行わせ、
自己実現するための手段である。

社会的な目的を達成するための
手段としての組織の発明は、
人類の歴史にとって一万年前の労働の分化に
匹敵する重要さを持つ。
組織の基盤となる原理は、
「私的な悪徳は公益となる」ではない。
「私的な強みは公益となる」である。

。。。。。。。(略)。。。。。。。。

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マネジメントを自立した存在とすること、
すなわち私的なものとすることは、
社会にとって必要不可欠のことである。
社会を自由なものにしておくために
必要なことである。
社会を社会として機能させるために必要なことである。

。。。。。。。(略)。。。。。。。。

それぞれの領域において
意思決定者であるという自立した存在としての
マネジメントをもつ組織からなる社会が社会として成立するには、
マネジメント自身が、
私的な存在であると同時に公的な存在であることを
認識しえなければならない。

マネジメントは、
制御されず、制御しえず、
したがって専制的たらざるをえない存在としての
中央の政治権力の僕ではないという意味において私的な存在である。
と同時に、意識して公然と、
公的なニーズを自らの自立した組織にとっての
私的な機会に転換すべく働くという意味において
公的な存在である。

。。。。。。(略)。。。。。。。

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今日、昔からのスローガンや問題の桎梏を打破するために
必要とされていることは、
マネジメントが成果をあげることである。
そのためにはまず、
マネジメントのプロフェッショナルとしての仕事が必要である。
すなわち、組織をして、財とサービス、
明日のための資本の供給など、
その存在の目的とする貢献を社会と経済に対して
果たさせることが必要である。

しかし、
それら個々のミッションを果たすだけでは
十分ではない。
仕事を生産的なものとし、
働く人たちをして成果をあげさせるという仕事と、
よりよい社会をつくるという仕事が必要である。

そしてさらに必要とされるものが、
マネジメントの人間としての役割と機能に関わる仕事である。
自立した存在としての
組織のマネジメントたらんとするのであれば、
自らを公的な存在としえなければならない。
すなわち組織としての責任の真髄、
一人ひとりの人間の強みを生産的なものとし、
成果をあげさせるという責任を負わなければならない。

(以上、引用 終わり)


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