【ひろまる日記 No.180 グローバル企業への変身】


今日は、ドラッカー365の金言から1節紹介する。
これは、ジョゼフ・A・マチャレロ編で、
日めくりのようにもなっている。
3月26日の文は、
2002年にかかれた「ネクスト・ソサイエテイ」からの抜粋だ。

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(以下 転載)
今日のグローバル企業が、世界経済に占める役割は、
量的には1913年当時の多国籍企業とさほど変わらない。
だが、質的にはまったくの別種である。
かつての多国籍企業は国別に独立した国内企業を持つ
国内企業だった。
これに対し、今日のグローバル企業は
グローバルに事業を展開する。

ただし今日のところ、グローバル企業といえども、
その多くは1913年当時の多国籍企業と同じように、
資本関係によって一体性を保持している。

ところがグローバル企業の多くが、
2025年には資本ではなく戦略によって結びつけられた連合体となる。
資本関係による支配関係も残るだろうが、
提携、合併、少数株式参加、ノウハウ契約が、
連合体としてのグローバル企業を規定するようになる。

そのとき、トップマネジメントのあり方が変わる。
今日のトップマネジメントは現場のマネジメントの
延長線上にある。
だが明日のトップマネジメントは、
現場のマネジメントとは異質の機関となる。
それは事業全体のための機関となる。

(以上 転載終わり)

ドラッカーに関して驚くことは
常に時代の先を読んでいることだ。

そして、ドラッカーはおそらく
国家の枠を越えた存在としての
グローバル企業という新たな組織形態に
期待も持っていたようだ。

今の地球規模で起こっている経済問題も
そして、環境問題も深刻であるのに
残念ながら、これまでの国家という枠組みを越える
機能する組織が必要なのはたしかだ。
ドラッカーは
それを大きな国際政府のような形ではなく
民間の組織に期待している。

機能する組織やチームが必要である。
地域の身近な問題を解決するにも
地球規模の問題を解決するにも
機能する組織が必要である。

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今日は、活動報告でも紹介するが
倉本聰作演出の「屋根」の大千秋楽を拝見した。

グローバリズムをただ拒否したり
批判しても問題は解決しない。
かといって、極端に言うと
今のままのグローバル企業のあり方に迎合することは
自由と責任の放棄でもある。
もしかすると
日本という国家が地球の未来に果たせるかもしれない
貢献の可能性の放棄でもある。

川の流れのように時代の変化を受け止めながら
なすべきことをする。
そんな仕事ができたら幸いだ。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
この文は私もまだ読みこめていませんが、
こうして、ドラッカーの一文を取り上げながら
日記をつづけていく予定です

応援よろしくお願いします。


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