【ひろまる日記】平成30年10月31日 広田まゆみのこと その1~なぜ、政治の道を志したか


こんにちは!

北海道議会議員として活動し、3期目の終盤を迎えています。
これから、新しい年に向けて
私自身のこれまでの活動や、北海道への想いなどを
少しづつこのブログにまとめていこうと思います。

まず、「広田まゆみのこと その1」は、
「なぜ、政治の道を志したか」です。
以前のブログでも何回か書いたかもしれないのですが
改めて、そこからスタートさせてください。

私は、一言でいうと
「法律や制度・しくみを作る人になりたい」
そう思って政治の道に入りました。

実は、今、3期目になって、その気持ちは少し変化しています。
変化のスピードがますます速くなっている今、
法制度整備よりも、
「人材育成のしくみ」に焦点が移っています。
そのことは、また別に書きますね。

さて、「なぜ、政治の道を志したか」
そのきっかけは、ちょっと不思議なできごとからでした。

私は、政治家の道を選択する直前まで
雨竜町という当時人口3200人くらいの農村で
都市と農村の交流を推進するNPO法人の
事務局長として活動していました。

農家民泊のさきがけのようなことにも挑戦していました。

同時に、生計のために、農村でいろんな仕事を経験しました。
その一つが、農家の出面です。
田植えの手伝い、ミニトマトやメロン、花卉のハウスの仕事や、
かぼちゃの皿敷き、草取りなどなど、たいへんでしたが、
それらの経験は、楽しい思い出、私の財産ですね。

話がそれましたね(笑)

そのちょっと不思議なできごとは、
まだ暑い時期に、草取り作業をしている時のこと。

終わりのない気がする
広い畑の先を見てうんざりしながら、
でも、黙々と手を動かす農家のおかあさんたちの姿に教えられ、
私も黙々と手を動かす、そんな時間が続いていました。

ある瞬間、ふと、脈絡なく、閃いたんです。
閃いたというより、降ってきたという方が近いでしょうか?

「お金も時間も、国家も、法律も、人間が幸せになるために
人間が自ら作ったしくみだ。もともと自然界にないのに」

「なぜ、その自らつくったしくみのために人は悩んだりするんだ」

「人間が自分で作ったしくみなら変えればいい」

そんな突然湧き上がった言葉と、
道庁を退職してからの私が地域で体験してきた
さまざまな現実がつながりました。

私自身は、自分探しの旅に出るため
道庁を退職し農村に移住。
NPO活動をしながら、ある意味で
自由気ままな暮らしを送っていましたが、
私の周囲で、いろいろな苦労の現場がありました。

障がいのある友人の生きづらさや、
国籍が違うためのいろいろな苦労、
何かをはじめようとする人たちがぶつかる法の壁、
都市と農村の交流、グリーンツーリズムにも
いろいろな規制がありました。

たぶん、ずっと道庁に務めていたら
わからなかったことだろうと思います。

そして、なんと、そのことがあった数日後、
道庁時代にご縁ある労組幹部の方から呼び出されました。

「もし、政治家を将来的にめざす気持ちがあるなら
衆議院の比例区候補に名前を貸してくれないか」
という打診をいただきました。
「法律や制度をつくる仕事ができるなら挑戦します。
私の名前でよければ、是非!」と、
その時は、即断即決でした。
今思うと不思議です。

その後、札幌市白石区の道議会議員として
挑戦のお話をいただき、
初当選から12年目の現在にいたります。

正直に言うと、議員になりたいと思ったことは
それまでありませんでした。
「法律や制度、しくみをつくる人になりたい」
そう思ってスタートした私の政治家としての人生ですが、
市民活動の延長線上で、もしかすると
既存の政党組織から求められる政治家としての自覚は
不足していたかもしれません。

それは、政治家としての私の弱点でもありますが、
同時に、そのことを強みとして、
北海道の未来のために成果をあげられる
真の政治家としての再生に挑戦してみたいと思っています。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

次回以降のブログでは、
1期目からの自分の活動を振り返ることで、
真の政治家として、
どのように北海道の未来に貢献していくかを
より明確に、1人でも多くのみなさんと共有できたらと思います。

よかったら、北海道の地域課題を自ら解決していくみなさん、
民主主義を語るのではなく、現場で実践していくみなさんと
どんどんつながっていきたいので、
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